『ブラックボックス』
作 市田ゆたか様
【Ver 2.0】
「う、うーん…」
小百合は目を覚ました。
「ここは…?」
首を左右に振って左右を見回した。ぼんやりとした視界が次第にクリアになり、周囲の状況が見えてきた。
白衣を着た作業員たちが忙しそうに機械のチェックをしていた。
小百合は立ち上がろうとして、手足が動かせないのに気がついた。首を振ってみると手首と足首が金属の環で椅子に固定されていることに気がついた。
「え、何?これ?」
小百合は身体をひねって抜け出そうとしたが、手足をはずすことはできなかった。
「ちょっと、あなたたちは一体何なのよ。あたしをどうするつもり?」
「覚醒しました。意識は正常です。各種ドライバとの親和性も問題ありません」
作業員が報告した。
「さすがは今年一番の適合者だな」
その声に小百合はリーダーの男がさきほど自分を呼び出した校長であることに気がついた。
「こ、校長先生っ」
「ああ、気がついたかね。白石君。いや、F3579804-MD」
「F35…?何を言ってるのよ。こんな椅子に縛り付けて、一体何をするつもりなの?」
「何をするつもり…か。普通ならば何をされたかに気がついて錯乱するものだが、ここまで状況を認識できないのもめずらしい」
「それだけ親和性が高いということです。どうしますか、チーフ」
校長の発言に、作業員が応えた。
「そういうことならば、じっくりと自分の状態を認識してもらわねばならんな」
校長はそう言うとワークステーションを操作した。
カチャリと音がして手足のリングが椅子から外れた。
「充電終了…充電率98%。予想稼働時間は3時間42分です。…今、あたし、なんていったのかしら?…ううん、そんなことよりも」
小百合は首をぶるぶると振って椅子から立ち上がった。
「この手錠みたいなのは何よ」
小百合は手首のリングを引っ張ったり捻ったりしたが、それは皮膚に密着しており外れることはなかった。
「それはロボットであることを表示するパーツだ。厚生労働省の労働代行ロボット管理法の施行規則には、労働者の権利を守るため人間型のロボットには一目で区別できるような外見上の特徴を持たせる必要があるとなっているからな」
「あたしにロボットの振りをしろというわけ?何でそんなことをしなくちゃならないのよ。そんなのまっぴらよ」
「ロボットの振りではない。ロボットとして働いてもらうのだよ。そこの鏡で自分の姿を確認するがいい」
部屋の一方は鏡張りになっており、そこには紺色のワンピースに白いエプロンドレスという清楚なメイド服に身を包み、黒いエナメルの靴に白いハイソックスを履いた少女が立っていた。
小百合は、鏡に映った姿をしばらく見つめると、顔を下に向けて自分自身を見つめた。
「これは、メイド…?」
「その通り、君はこれからメイドとしてクライアントのために働くのだよ」
「冗談じゃないわ。何であたしが…。メイドになんかならないわよ」
そういって小百合は髪飾りに手をかけた。
それは頭皮に密着しており、いくら引っ張っても取り外すことはできなかった。
「それは無理だ、君は既にメイドロボットなのだから」
「何を馬鹿なことを言ってるのよ。あたしはあたしよ。ロボットなんかじゃないわ」
小百合は服を脱ごうとした。
エプロンをはずそうと、引っ張ったがエプロンはワンピース状のドレスにぴったりと着いており、取り外すことはできなかった。
「何よこれ」
袖から腕を抜こうと袖口を引いたり肩を動かしたりしたが、引き抜くことはできなった。
「どういうことなの」
小百合は次第に不安になってきた。
そしてメイド服の胸元を広げようとして初めておかしなことに気がついた。
手に伝わってくる胸の感触は、柔らかい肉体のそれではなく硬質なプラスティックの感触であった。
小百合は硬い胸をコンコンと叩いた。
「なにこれ、このコルセットみたいなのは?一体どうなっているの」
小百合は半狂乱になって服の袖口やスカートを必死で引っ張って引き剥がそうとした。しかし金属繊維とプラスティックコーティングで強化されたそれは剥がれることも破れることもなかった。
「まさか、足も…?」
小百合は恐る恐る足元に手を伸ばすと、エナメルの靴や白いハイソックスを脱ごうとしたが、それらもやはり肌に密着しており、取り去ることはできなかった。
「何?何で脱げないのよっ!こんな皮をかぶせてロボットっぽくするなんて手の込んだことをして、何がいいのよ」
「もういいだろう。F3579804-MD、充電台に戻れ」
「はい、充電台に戻ります…えっ、あたしは何を言ってるの?」
小百合の身体は彼女の意思とは無関係に歩き出した。
「うそ、身体が勝手に…、いや、どうして…」
小百合の身体は椅子の前まで歩いていくと、くるりと向きを変えて着席した。
手足のリングが椅子に連結され、小百合は再び動けなくなった。
「だから言ったろう。君は既にロボット、我らが《ファクトリー》のオーダーメイドロボットなのだよ。まだわからないようだから、はっきりと分からせてやろう」
校長はそう言って小百合の頭部を両手でがっしりと掴むと首を左に捻った。
「きゃ、何するのよ。…頚部コネクタ切断。節電モードにはいります。…あ、頭が…一体どうなってるの」
校長は小百合の首を両手で持って小百合の頭部をボディの前に持ってきた。
「見たまえ、これが君の身体だ」
小百合は目の前にある頭のない自分の身体にショックを受けた。
首のリングで切り離された断面には、何本ものパイプと電線を接続するためのコネクタがならんでおり、血や肉は一切見つけることができなかった。
「う、嘘…。これは悪い夢だわ」
「残念だが夢ではない。だが安心するがいい。これから君の電子脳はメイドロボットとして再プログラミングされることになっている。調整が終われば、悪夢を見ることもなければ悲しみにくれることもなくなるのだからな」
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